最終更新日 2020 年 12 月 6 日
東京大学 大学院工学系研究科 人工物工学研究センター
Research into Artifacts Center, Center for Engineering, School of Engineering, The University of Tokyo,
mail: shirafuji@race.t.u-tokyo.ac.jp
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ロボットを含む多くの機械の目的は,動力源から機構を介して目標となる運動を実現することにあります.汎用的な機械を実現したあとに,動力源自体をうまく制御することで,さまざまな運動を実現することもできますが,反対に,機構の設計自体を目的に合わせて工夫することで,一見複雑に見える運動を簡単な制御で実現できることもあります.我々の研究グループでは,この観点から,さまざまな状況において機械に対して与えられる種々の要求を,機構を工夫することで実現することを目指した研究をおこなっています.これまでに,さまざまなロボットの設計や,この設計自体を求めるための計算方法を提案してきました.
また,我々の研究グループでは,研究の対象を機械に留めず,ヒトの身体の構造を解析する研究にも取り組んでいます.ヒトが進化の過程で獲得した身体,特に筋骨格の構造は,ヒトが日常的におこなう,さまざまな運動を実現するのに適した機構になっているはずです.そこで,機構学の観点からヒトの筋骨格を解析し,そのなかにある秘められた機能を明らかにする研究もおこなっています.さらに,ここでの発見を機械として実現することで,これまでになかった新たな機構をロボットに取り入れる試みもおこなっており,これまでにも,ヒトの筋腱構造を模倣したロボットハンドの開発などをおこなってきました.
それぞれの研究テーマの内容に関しては,以下の節で詳しく紹介します.また,経歴,業績および連絡先は,最後のページを参照してください.上のContentsから各ページに移動できます.
ヒトが進化の過程で獲得した筋骨格を含む身体の構造は,歩行やモノの把持など,日々の生活と密接に関係した運動に対して最適化されているはずである.本研究グループでは,ヒトの身体の構造を解析することで,その機構学的な機能を明らかにするとともに,これをロボットの機構として応用する研究をおこなっています.
その一つの成果として,ヒトの筋腱構造を再現したロボットの指の開発しました.ヒトの手は,多く筋肉の収縮により発生した力が腱を通して指先にまで伝わることで動いています.これに対して,ロボットハンドの多くには,複数の関節を腱を通して制御するワイヤ駆動機構が用いられています.この共通性に着目し,機構学や運動学の観点からこの構造を解析し,ヒトの筋腱構造の特徴を持つロボットの指を開発しました(Fig. 1を参照).この開発を通して,ヒトの分岐した腱という特有の構造が,物体の把持までの運動と,把持したあとのマニピュレーションとで,最適な機構に切り替える役割を担っているなど,機構学の観点から見たヒトの構造が持つ利点を明らかにもしています.
この他にも,ヒトの触覚受容器の構造を模倣したロボットハンドの触覚センサを開発するなど,さまざまな観点からヒトの身体の構造のロボットへの応用する研究をおこなっています.
多くのロボットには,回転関節が駆動部に用いられており,複数の回転関節をうまく制御することで目標の運動を作り出しています.一方で,回転関節のペアの間の運動を拘束することで,回転関節を単体で駆動するだけでは,作れないような複雑な運動を生じさせることができます.関節のペアを拘束する方法には,非円形歯車を用いる方法などがありますが,我々の研究グループでは,関節の間で生じる運動をワイヤとそのワイヤが通る経路の形状を工夫することで拘束する手新しい手法を提案しています(Fig. 2を参照).ワイヤによって拘束された関節のペアは,ワイヤの通る形状に合わせて複雑に連動します.そこで,我々の研究グループでは,関節に固定された非円形プーリ(ワイヤの通る経路)の形状を目的の関節間連動に合わせて計算する手法を提案しました.これにより,複雑な関節の運動を作り出すことができ,さらには,このようなペアを組み合わせることで,単一の入力により複数の関節が連動して動く機構を考えることができるようになりました.
その一つの応用が,Fig. 3に示すロボットの脚機構で,非円形プーリとワイヤで拘束された関節のペアを組み合わせることで,この脚機構は,制御することなく上体に加わる力を支えながら前方に進むことができます.このように,本来は入力を制御することで達成される運動も,機構を工夫することで同じことを実現できることがあります.特に,ワイヤは,軽量であることから,さまざまな機械への応用が可能です.我々の研究グループでは,この他にもワイヤを用いたさまざまな機構の提案をおこなっています.
生産業の自動化ラインなど,現在,多くの場面でロボットマニピュレータが用いられています.このような現場で用いられるマニピュレータは,さまざまなタスクに対応するため,汎用性を重視し,リンク間に6個もしくは7個の関節を配置した設計になっています,一方で,ロボットの多くの仕事は,同じ作業の繰り返しで,与えられた単純な軌道の追従をおこなっているだけの場合が多いのも事実です.このような場合,与えられた運動に対して必要なロボットの関節数は,6個よりも少ない可能性があります.しかし,与えられた軌道に対して,どのような関節をどこに配置するかという問題は,自明ではなく,計算機を用いて設計する必要があります.
我々の研究グループでは,与えられた手先軌道に対して,これを実現する関節の配置を最適化により求める手法を提案しています(Fig. 4を参照).これを求めるには,多くの繰り返し計算が必要になりますが,計算方法を工夫することで,計算コストを削減することに成功しました.Fig. 5は,提案手法による関節配置の最適化の例を示しています.この例では,ペン先を卵の表面に垂直に立てながら文字を書く軌道を,3個の関節で実現しています.三次元積層造形の技術の進歩にともない,複雑な形状の短時間での造形が可能になってきており,このようなタスクに合わせたマニピュレータの設計技術が今後重要になってくると考えられます.
通常の与えられたリンク系に対して,目的の運動を実現するための解析がKinematic Analysisと呼ばれるのに対して,上記のように,与えられた運動に対して,リンク系の関節の配置などを考える問題は,Kinematic Synthesisと呼ばれます.我々のグループでは,上記の他にも,さまざまな条件に対して,Kinematic Synthesisに取り組んでいます.
工場などで作業するロボットは,限定された空間内でにタスクを要求されますが,倉庫など広域での作業が要求される場で働くロボットは,自身で移動する必要があります.このような場でマニピュレータを用いて作業する移動ロボットにとって最も大きなリスクは,作業中に予期せぬ力がロボットに加わり,転倒してしまうことです.ロボット一台のマニピュレータが持つ自由度が高くなるにつれ,その制御は複雑になると,環境のモデルの誤差や,予期せぬ外力によって制御が失敗するリスクは高くなり,これが転倒の要因となることがあります.
そこで,我々の研究グループでは,個々のロボットの機能を目的に合わせて単純化し,転倒などの失敗のリスクを小さくし,このようなロボットが複数台で協調することで,さまざまな状況で移動ロボットに作業をおこなわせる研究をおこなっています.Fig. 6は,ロボットの作業において,物体に力を加える(押す)ということに特化させたロボットで,地面と対象物を直線で結び,それ以外の方向にくわわる力を受動関節で受け流す機構を持っています.これにより,試行錯誤的に重い物体を傾けるような作業も可能になりました(Fig. 7を参照).このロボットに加え,物を支える,運ぶといった機能を持ったロボットと組み合わせ,状況に応じたマニピュレーションをおこなう研究をおこなっています(Fig. 8).
ヒトの筋骨格構造を正しく理解するには,ヒトの運動や身体の中で起こっている現象を正確に計測する技術が重要です.特に,さまざまな人のデータを計測する際には,体を傷つけることなく生体で生じている現象を計測することが必須となります.このような手法は,非侵襲計測と呼ばれ,我々の研究グループでは,このような計測手法自体の研究もおこなっています.
その一つとして,高密度表面筋電位計測による,前腕の筋活動とその信号源の推定に取り組んでいます(Fig. 9を参照).通常,表面筋電位は,筋の上の皮膚表面に電極を張りつけ,筋活動にともなって皮膚表面に発生する電位差を計測し,筋の活を推定します.しかし,前腕のように複数の筋肉が密に存在する位置では,筋活動の正確な推定が難しくなります.高密度表面筋電位計測では,電極を密に配置することで,電極位置による電位の僅かな違いから,信号を分離するとともに,信号がどこから発生したかを推定することが可能になります(Fig. 10を参照).
他にも,ヒトの関節の運動を正確に計測するための技術の開発など,ヒトの筋骨格構造の正確な計測とモデリングのためにさまざまな研究に取り組んでいます.
1986年8月18日生.2012年大阪大学大学院工学研究科知能・機能創成工学専攻博士前期課程修了.2014年大阪大学大学院情報科学研究科マルチメディア工学専攻博士後期課程修了.同年から大阪大学基礎工学研究科日本学術振興会特別研究員(PD).2015年東京大学人工物工学研究センター特任研究員.2018年同特任助教.2019年より東京大学大学院工学系研究科人工物工学研究センター助教となり,現在に至る.IEEE,日本機械学会,日本ロボット学会などの会員.博士(情報科学).